長野地方裁判所諏訪支部 昭和39年(ワ)84号 判決 1967年12月11日
原告 富田ふみよ
右訴訟代理人弁護士 林百郎
右同 富森啓児
右同 西沢仁志
右同 菊地一二
右訴訟復代理人弁護士 岩崎功
被告 小野田太郎
<ほか二名>
右被告三名訴訟代理人弁護士 五十嵐岩男
主文
被告等は原告に対し連帯して金三万円及びこれに対する昭和三九年一〇月一四日から右金員支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告等の連帯負担とする。
本判決中原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
一、昭和三八年二月頃原告の姉太田かずよの子太田昭一とその妻の被告太田花との間に離婚問題が生じ、被告花が同月下旬右両名の子賢一(昭和三七年一月生)を右太田昭一方に置いたまま家出したこと、右賢一は昭和三八年三月四日から原告方において引取られ養育されていたこと及び昭和三九年四月一六日被告等三名が原告方に赴き右賢一を原告方から連れ出した事実は当事者間に争いがない。
二、≪証拠省略≫によると原告はこれより先訴外太田昭一とその両親から報酬、養育料及び期間の定めなく訴外賢一の養育方を依頼されたのでこれを承諾し、昭和三八年三月四日頃右太田昭一の母が連れてきた右賢一を預かり養育してきたこと及び原告は右賢一の祖母の妹である事実が認められる。
被告等本人尋問の各結果によると被告花は昭和三八年六月東京家庭裁判所に訴外太田昭一との離婚調停を申立てたが、昭和三九年二月末頃不調に終ったので、原告方の家庭や経済の事情から考え訴外賢一を原告方より自分の許で養育することが適当であるとして同年四月上旬父である被告小野田太郎、姉である同小野田美子と相談の上右賢一を引取ることを決意し、その際原告等がもしこれを拒否するならば無理矢理にもこれを連れ出すべく、そのため被告太郎同美子も同行することとし、同月一六日昼頃何の前触れもなく相伴って原告方に赴いた事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。而して≪証拠省略≫に原告本人尋問の結果を加えれば先づ被告花同美子が原告が洗濯をしていた際に乗じ右賢一を原告方から連れ出そうとしたところ原告に気付かれ、被告花が抱いていた賢一の体を捉えて奪い返えされようとしたので被告花は同美子とともにその抵抗を排しながら附近に待たせていた自動車に乗り、更に動き出そうとする車を止めようとする原告を振切ってその場から発車して帰京したものであって、その際原告は前記の如く被告花を援護した被告美子同太郎に左肩等を突かれて地上に転倒した事実が認められる。≪証拠判断省略≫
以上認定の各事実から考えると原告は訴外太田昭一から賢一の養育監護の委託を受けたものであり、かつ原告は右賢一と同居の親族であるから賢一に対し扶養及び養育監護の義務を有するとともにその権限を有していたものというべく、被告等は原告の右権限を侵して賢一を原告の監護養育の手からこれを奪ったものといわなければならない。
三、被告等は訴外賢一を原告方から連れ出した行為は被告花が母として親権を行使したものであり、被告太郎同美子はその補助者としてこれに関与したものであるから違法性はない旨主張するので判断するに、なるほど、被告花は賢一の母であり、親権者であるけれども、凡そ権利の行使もその行使方法態様は無制限でなく、社会通念に照し許された範囲において認められるものであるところ被告等の前記所為は仮令その動機目的に宥恕されるものがあるとしても原告に対し判示の如き暴行まで加えてその監護者の手からこれを奪ったものであり、右は権利行使の限度を越すものと謂わなければならない。よってその主張は採用できない。
四、更に被告等は本件行為は所謂自力救済に該当するから違法性を阻却すると主張する。然し前示認定事実によると右行為は被告等が賢一の幸福のためになしたものとしても賢一は現にその親族である原告の手許において平穏に愛育されていたのであるから、仮りに被告花の賢一に対する親権の行使が阻害されていたとしても、右状態は昭和三八年三月から継続されていた状態であるから今直ちにかかる方法で自力でもってこれを救済するほど緊急を要する何等の事情も窺われないのであり、この様な事情にある本件においては右主張も採用できない。
五、そこで物的損害額の点について判断するに≪証拠省略≫を総合すると原告は訴外賢一が被告等によって連れ去られるとその所在健否を心配して直ちに訴外富田孫七をして上京させ、右孫七等は私立探偵の佐藤みどりに右賢一の所在捜査を依頼したが、直ちに被告花の実家について探索をすることなく却って他の場所を捜索した事実が認められる。右認定事実に、原告においては右賢一は母の被告花等によって連れ出されたことを知っていたことは前示のとおりであるからその所在は不明であっても少くとも母である被告等の手許にいることは容易に推測できることを併せ考えれば、自らこれを尋ね又は警察にその所在捜索を依頼することは格別、私立探偵にまで依頼することは、社会通念上相当性乃至必要性を越えているものと考えるのが相当であるから捜索費用にかかる原告の請求を認めることはできない。
六、次に慰藉料請求について判断するに上段判示のとおり被告等は共謀して原告に対し暴行を加え、原告の愛育する賢一を奪い去り原告はその所在健否を憂慮して、私立探偵に捜索を依頼するに至ったこと、原告と賢一の関係被告花と太田昭一の夫婦関係の状態その他本件に顕れた一切の事情を斟酌すれば原告の精神的苦痛に対する慰藉料としては金三万円が相当である。
七、以上判示したとおりであるから被告等は原告に対し連帯して本件行為による慰藉料として金三万円及びこれに対する訴状送達ののちであることに争いのない昭和三九年一〇月一四日から支払済まで民法所定の年五分の遅延損害金の支払の義務があるものというべきであるから原告の請求は右の限度においてのみ正当としてこれを認容すべく、その余は失当であるからこれを棄却するものとする。そこで訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条第九三条第一項但書、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 太中茂)